2018台湾旅行-38:国立台湾博物館
時間があるので捷運を「台大醫院」で降りて、ニニ八和平公園を再訪した。
このモニュメントの下に
事件の概略がある
ニニ八事件は1947年2月28日から台湾各地で起きた暴動である。戦後の台湾は国民党が統治することになったが、日本時代と比べて政治・経済・治安は格段に質が落ちたため、元から台湾にいた人々(本省人)の鬱憤が溜まっていった。なお、戦後に台湾へ移ってきた人々は「外省人」という。
ここまでこのページを見ながら要約しかけたのだが、早々に挫折したのでwikipediaへのリンクを貼っておく。
改めて終戦から1年半という「早さ」に驚いたし、万単位で軍に市民が殺されているのも再認識した。この事件の後1987年まで戒厳令下となり、それが解けて民主化してからまだ31年しか経ってない。この42年間に教育を受けた世代はゴリゴリの反日教育をされているはずだが、たまに漏れ聞く反日団体(私は大陸が送り込んだと思うが)の活動以外は親日のイメージである。
ところで台湾=中華民国かというとそうではない。中華民国は台湾島(と周囲の島嶼)以外にも大陸のごく近くの2つの有人の島嶼(金門・馬祖)を実効支配していて、海路または空路で台湾と往来が可能である。
台湾島はもちろん台湾省だが前述の2地域は大陸と同じ福建省になっている、そもそも中華民国の憲法では領土は大陸の広範囲に及んでいるのだが。
台北二二八紀念館には入ったことがあるので今回はパスする。
水場の中に塔があるのは定番である
で、本題である国立台湾博物館に入ってみた。入場料は30元と大変お値打ちである。(日本語サイト)
台湾は昔をたどれば先住民の地で、多くの部族が居る。今でも山岳地帯の彼らのエリアには勝手に立ち入れないらしい。
一方混血も進んでいて、ビビアン・スーは外省人とタイヤル族のハーフである。
日本時代に様々な分野の日本人学者が台湾を研究した。数人が紹介されていた内の2名の紹介文
鉱物:岡本要八郎
生物:堀川安市
これは史跡の分布図だが日本統治時代に日本人学者が調査したもの。
何より驚くのは「大日本帝国」の文字が入っている地図をそのまま展示してあること。学術的な価値の評価および原本へのこだわりが、他のすべてを超越している。台湾人には「是々非々」で判断する冷静さがあると思う、その上で親日が多い。
さらに感銘を受けたのは、当時の総督である児玉源太郎と民政長官・後藤新平の銅像である。展示エリアに警備員が2人も居て物々しかったので撮影は(できるんだろうけど)しなかった。明らかに終戦直後に国民党の目に触れたであろうこれらの像が保管されていたことが驚きである。ソ連崩壊時のスターリン像みたいな扱いをうけてもおかしくない。
特別展は昆虫の世界だったが、生物の展示で座標軸が描いてあるのは初めて見た。
まだ15時過ぎだが宿に戻って休憩する、午前中冷たい思いをして疲れた。
さて今回の渡航で最後の晩飯なんだが、台湾メシにする。ど定番の鍋貼(グォティエ:棒状の焼き餃子)と水餃(シュイジャオ)を各5つで50元はお値打ちである。チェックシート式の伝票に自らオーダー(個数)とテーブルの番号を書いて店員に渡すのは台湾でよくあるスタイル。
なお[餃子の王将]の符丁で「コーテル」はこの鍋貼が由来だと思っている。
[私が覚えた中国語38]
湯(タン)がスープはよく知られてます。
汁(チー):ジュース
酥(スー):サクサクした食感のクッキーのようなお菓子(調べました)
鳳梨酥:(台湾土産の定番)パイナップルケーキ